あゆみ

在宅医療における情報共有の問題点
在宅医療では多職種のスタッフがそれぞれ異なる事業所から派遣され、しかもそれぞれが療養者の情報をおのおのの事業所で独自に管理しているため、情報を共有しづらいのが現状である。また、スタッフ間の情報交換の場とされている全体会議を頻繁に開くことは難しい。
 このため、多職種スタッフ間の情報共有の手段としては「連絡ノート」などの紙媒体が活用されているが、療養者宅にあるそれは訪問時に確認および記録を行うツールであるため、多職種間のリアルタイムの情報共有という点では不十分であった。患者自身の異常を医療者が療養者宅におもむいて初めて気づくことも珍しいことではない。
 一方、病院・診療所におけるカルテは紙カルテから電子カルテとなり、多職種スタッフが自分の部署で患者情報を共有できるようになった。しかし多くの在宅医療の現場では、情報交換・共有の主な手段はいまだに電話、FAX、文書に頼っていることが多い。また、たとえ院外でも活用できる電子カルテを情報共有手段として活用したとしても、在宅医療の主役である療養者自身はカルテに情報を書き込むことはできない。また個人情報のつまったカルテを院外に持ち出すことになる。
 今後在宅医療における量的拡大が予想される中、療養者自身が発信する生活・健康情報を医療者が共有することは質的向上を目指すうえでは重要なことである。
 今回、われわれは療養者・家族が主体となって日々の生活・健康情報を発信できるよう、電子カルテとは全くコンセプトの異なる「連絡ノート」をベースにして多職種間の情報連携や共有が簡便にでき、さらにローコストの新しいユビキタス地域住宅医療情報システムを開発することにした。
電子連絡ノート開発の経緯
 平成21年10月に科研費申請書を書き始めた当時はiPadの商品コンセプトすらなく、iPhoneでさえITリテラシーに長じた人たちの間で普及し始めたばかりで、高齢者が使いこなすまでには長い道のりがあると思われていた。
 その頃、アメリカの高齢者施設では高齢者がゲーム専用機のWiiを使いこなし、若返りの一手段として活用しているという報道があった。この報道に際し、高齢者にやさしいIT機種としてWiiを使う発想に至り、「措置型ゲーム機を利用したユビキタス地域在宅医療情報システムの仕組み作り」という研究課題で科研費申請を行った。
 平成22年4月の科学研究費の交付が決定された時期に一致して、Apple社よりタブレット型コンピューターという新しい概念をもつiPadがわが国でも同年5月から発売されるというニュースが伝わった。iPadはマルチタッチによる操作、優しいユーザーインターフェースなどの特徴を持ち、ICTの世界に大きな変革が招いた。iPadは今後の幅広い機能拡張も見込まれ、われわれが考える高齢者の理想的な情報共有デバイスとして使用するに決定し、それに関するアプリケーションの開発を進めることにした。
 いつでもどこでも誰でも在宅医療介護に関する情報を共有できるユビキタス情報共有システムを開発するため、ユビキタス在宅医療研究会(後の電子連絡ノート)を立ち上げた。グランドデザインを人間健康科学系専攻野本慎一、在宅医療における種々のアドバイスを京都府医師会出木谷寛、iPad用アプリケーションの開発を人間健康科学系専攻笹山哲および同研究室の大学院生伊藤達則、近藤真寛が担当した。訪問看護師、ケアマネージャー、等の業務内容については、それぞれ人間健康科学系専攻内海桃絵、京都地域包括ケア井上基が担当した。